『香具師の旅 田中小実昌
作家で翻訳家の田中小実昌氏(1925〜2000)の小説集『香具師の旅』に、「味噌汁に砂糖」という小説が収められています。講談社『別冊小説現代』1970年1月号掲載。
男性の立場からみた味噌汁の位置づけが描かれています。
友子が味噌汁をつくると言い出した。
(中略)
しかし、なにしろ、フーテンの岩成のアパートの部屋で、洗面器もないくらいだから、味噌汁をつくる鍋も包丁も茶碗も、なんにもない。
(中略)
しかし、友子は、「ううん、だいじょうぶ」と部屋をでていき、鍋とか包丁とか、いろんなものをもってかえってきた。
アパートのとなりの部屋や、向いの部屋から借りてきたんだそうだ。
「みんな仲よしなの。いいひとたちよ」
と、友子はめっきり東京弁になった言葉で言い、おれは、めろめろに感動した。
味噌汁が好きだという"おれ"のために、味噌汁をつくろうとする友子。"おれ"はめろめろです。
「おいしい?」
友子は新妻の笑顔でたずねおれは、「うん……」とうなずいて、バケモノの味噌汁をのみこんだ。
あとでわかったのだが、友子は、味噌汁に砂糖をいれたのだった。いつも、砂糖をいれて味噌汁をつくっていたらしい。
これ以来、"おれ" はあれほど喧嘩ばかりしている女房英子のもとへ戻ってしまいました。
「わたしも子供たちも、朝はみんなパンなのよ。あんたひとりのために、ご飯をふかして、味噌汁をつくり……ああ、バカらしい」
ダシをとるのがめんどくさいのか、女房がつくるインスタント粉のまずい味噌汁。
たまらなくかわいいと思える友子でも、砂糖入りの味噌汁で一気に興ざめとなってしまったようです。