味噌みそ と 史料『延喜式』

『延喜式』

 

『延喜式』は、平安時代中期に編纂された律令の施行細則で、三大格式の一つです。

 

律令制度は「律」「令」「格」「式」が今日の法令として運用されました。
「律」は刑法に当たる根本法典、「令」は行政法、民法に相当し、「格」は律令の修正・補足のための法令、「式」は律令の施行細則です。

 

三大格式とは年代順に弘仁格式、貞観格式、延喜格式をいい、弘仁格は奈良時代に編纂されています。

 

『延喜式』は905年(延喜五年)から編纂が始まり、927年(延長五年)に完成。967年(康保四年)施行。

 

三大格式のうちほぼ完全な形で残っているのは延喜式だけです。伝本がいくつかあり、現存する当時の史料としても、味噌の史料としても非常におもしろく参考になるので採り上げさせていただきます。

『延喜式』 未醤の材料

 

延喜式に未醤の材料と読み取れる部分がありましたので紹介させていただきます。
まずは原文で。

 

『延喜式 巻第三十三』
 
大膳下
 
造雑物法
 (中略)
供御醤料。大豆三石。米一斗五升。蘖料。糯米四升三石三勺二撮。小麦。酒各一斗五升。塩一石五斗。得一石五斗。用薪三百斤。但雑給料除糯米。添醤料。醤滓一石。塩三斗五升。用薪六十斤。
未醤料。醤大豆一石。米五升四合。蘖料。小麦五升四合。酒八升。塩四斗。得一石。 

 

 『覆刻日本古典全集 延喜式 三』(現代思想社)より

 

改行して読み下してみます。

〔おおよその意味〕
 
大膳下 
 
雑物を造る方法
 (中略)
供御醤(くごびしお)の材料。大豆 三石、米 一斗五升。
蘖(ひこばえ)の材料。糯米 四升三石三勺二撮、小麦と酒 各一斗五升。塩 一石五斗。
           出来上がり 一石五斗。薪 三百斤を使う。
ただし雑給の材料は糯米を除く。
添醤(そえびしお)の材料。醤滓(ひしおかす)一石。塩 三斗五升。薪 六十斤を使う。
未醤の材料。醤の大豆 一石、米 五升四合。
蘖(ひこばえ)の材料。小麦 五升四合、酒 八升、塩 四斗。出来上がり一石。

 

 

大膳職の章には上と下があり、下に大膳職が掌る食料のレシピ(といってもほぼ材料だけ記載)があります。

 

上記のレシピによると、醤油は供御醤・雑給醤・添醤の順に原料による3つの品質があることがわかります。供御醤の材料を基本(もしくは最も贅沢なもの)とし、雑給醤は糯米抜きの原料、添醤は今でいう再仕込み醤油です。

 

また最後に薪を使うので、火入れをして完成させていたことがわかります。

 

当時の計量単位は江戸時代に確定した尺貫法とは異なりますので単純に計算はできないのですが、単位を大きいものから順に記すなら、石→升のはすですが、升→石の順に書かれています。
 勺=一合の1/10
 撮=一升の1/1000。
 匁=160匁=600g。

 

供御醤と未醤それぞれの材料に入っている蘖(ひこばえ)は麹と思われます。同じ延喜式の造酒司に酒の材料もありますので参考に載せておきます。

 

『延喜式』にみる造酒司の 麹

 

『延喜式 巻第四十』

 
造酒司(さけつかさ)
 
 …
 右以庸米受民部省
造御酒糟法。
酒八斗料。米一石。蘖(よねのもやし)四斗。水九斗。
御井酒四斗料。米一石。蘖四斗。水六斗。
醴御酒九升料。米四升。蘖二升。酒三升。
三種の糟各五斗。
 一種料。米五斗。蘖一斗。小麦萌(もやし)一斗。酒五斗。
 一種料。糯米五斗。蘖一斗。小麦萌一斗。酒五斗。
 一種料。精梁米五斗。蘖一斗。小麦萌一斗。酒五斗。
糟一石料。米一石。蘖七斗。水一石七斗。
造雑給酒及酢法。
頓酒八斗料。米一石。蘖四斗。水九斗。

熟酒一石四斗料。米一石。蘖四斗。水一石一斗七升。
酢一石料。米六斗九升。蘖四斗一升。水一石二斗。
汁糟一斛。粉酒一石料。並准酒八斗法。
蘖一石三斗料。米一石。白米加蘖一斗。爨米一石料。薪六十斤。
 
右依前件。其酒起十月。酢起六月。各始醸造經旬為F。竝限四度。其三種御糟。預前醸造正月三節供之。醴酒者米四升。蘖二升。酒三升。和合醸造得醴九升。以此為率。日造一度。起六月一日。盡七月三十日。供日六升。中宮准此。御井酒起七月下旬。醸造。八月一日始供。日五升。

 

 『覆刻日本古典全集 延喜式 三』(現代思想社)より

 

文中Fは「酉へんに温のつくり」。かもす、発酵させる、の意。

 

酒の材料の部分だけ読み下してみます。

〔おおよその意味〕
 
造酒司(さけつかさ)
 
税金である庸米を民部省から受け取る。
御酒糟の造り方
酒八斗の材料。米一石。米麹四斗。水九斗。
御井酒四斗の材料。米一石。米麹四斗。水六斗。
御醴九升の材料。米四升。米麹二升。酒三升。
三種の糟それぞれ五斗。
 一種の材料。米五斗、米麹一斗。小麦萌(もやし)一斗。酒五斗。
 一種の材料。糯米五斗。米麹一斗。小麦萌一斗。酒五斗。
 一種料。精梁米五斗。蘖一斗。小麦萌一斗。酒五斗。
蘖糟一石料。米一石。米麹七斗。水一石七斗。
 
雑給酒および酢の造り方

 (以下略)
 

 

蘖は木の芽ぶきや若芽のことをいいますが、すなわち "もやし" も意味します。
『覆刻日本古典全集 延喜式 三』には「蘖」に よねのもやし とルビがあり、よね(米)のもやし。米を水につけて蒸すなどして芽が出た状態で、この場合は米芽ではなく米麹です。
小麦萌(もやし)で同じ "もやし" でも漢字が異なりますがこちらも小麦の麹です。

 

醤油や味噌の材料のほか、酒と酢の材料や仕込みの時期まで記載されているのは感動です。

 

『延喜式』 京の市に見られる未醤の店

 

『延喜式』には未醤を販売する店が出ていることが記されています。

 

『延喜式 巻第四十二』
 
左右京職
 
東市司 西市司准此。
 
… 
凡毎月十五日以前集東市。十六日以後集西市。
凡絹雑染物土器聴通賣。
東A廛 蘿廛 絲廛 錦廛 B頭廛 巾子廛 縫衣廛 帯廛 紵廛 布廛 苧廛 木綿廛 櫛廛 針廛 沓廛 菲廛 筆廛 墨廛 丹廛 珠廛 玉廛 薬廛 太刀廛 弓廛 ?廛 兵具廛 香廛 鞍橋廛 鞍褥廛 C廛 鎧廛 障泥廛 鐙廛 DE金器廛 漆廛 油廛 染草廛 米廛 木器廛 鹽廛 醤廛 索餅廛 心太廛 海藻廛 菓子廛 蒜廛 干魚廛 馬廛 生魚廛 海菜廛 麦廛
 右五十一廛東市
 
絹廛 綿綾廛 絲廛 綿廛 紗廛 橡帛廛 B頭廛 縫衣廛 裙廛 帯幡廛 紵廛 調布廛 麻廛 續麻廛 櫛廛 針廛 菲廛 雑染廛 蓑笠廛 染草廛 土器廛 油廛 米廛 鹽廛 未醤廛 索餅廛 糖廛 心太廛 海藻廛 菓子廛 干魚廛 生魚廛 牛廛
 右三十三廛西市。 
 

 『覆刻日本古典全集 延喜式 第七』(現代思想社)より

 

文中、廛はテン。店のことです。
Aは「糸へんに施のつくり」。つむぎの絹布。
Bは「巾へんに僕のつくり」。頭巾。頭にかぶる布。
Cは「革へんに薦」。したぐら。馬具の一種。
Dは「金へんに懺のつくり」で先の鋭くとがった鉄具。Eは「併のつくり」。ならぶ。

 

「毎月15日までは東の市、16日以降は西の市に集まる」として、東の市は醤の店を含め51店、西の市は未醤の店を含め33店が挙げられています。

 

それぞれ一品だけを取り扱うお店だったようですね。

 

余談ですが、日本の貨幣は708年につくられた和同開珎が最初です。貨幣流通は近畿圏に限られていましたが皇朝十二銭も出ているので、物々交換もあったかもしれませんがお金で売買する市だったと思われます。

 

 

『延喜式』 東宮の食膳での未醤

 

主膳監(みこのみやのかしわでのつかさ / しゅぜんげん)は東宮坊に属し、東宮の衣類、食物、嗜好品等についてを担当した役所です。

 

月料には食料品が書かれていますが、そこに醤、未醤などが書かれています。

 

『延喜式 巻四十三』
 
主膳監
 
月料。
糯米九升。糯糒一斗一升二合五撮。粟子糒三升三合七勺五撮。米「禾朮」各一斗一升二合五勺。粟子三斗四升九合九勺。黍子二斗九升二合五勺。小麦二斗四升七合五勺。「艸かんむり皇」子五升六合四勺。大豆。小豆各九升七合五勺。胡麻子一升五合一勺。荏子四升九合五勺。酒一斗五升。酢一斗二升。糖一斗四升八勺五撮。油一斗六升。一斗二升供料。四升膳所燈料。五斗二升五合。未醤一斗一升二合五撮。滓醤七升五合一勺五撮。(豆へんに支える)三升三合六勺七撮。鹽四斗六升三合五勺。鳥「月昔」十五斤七両二分。脯八斤七料。東鰒三十六斤九両。…

 『覆刻日本古典全集 延喜式 第四』(現代思想社)より

 

〔おおよその意味〕
月料。(ひと月の支給分。もしくは使用分。予算的なものか)
糯米9升。糯糒(干した糯米)1斗1升2合5撮。粟糒子(干した粟の実)3升3合7勺5撮。米と糯黍各1斗1升2合5勺。粟の実3斗4升9合9勺。黍の実2斗9升2合5勺。小麦2斗4升7合5勺。「艸かんむり皇」みのの実5升6合4勺。大豆、小豆各9升7合5勺。胡麻の実1升5合1勺。エゴマ4升9合5勺。酒1斗5升。酢1斗2升。糖1斗4升8勺5撮。油1斗6升(そのうち1斗2升は供料。4升は膳所の燈料)。5斗2升5合。未醤1斗1升2合5撮。滓醤7升5合1勺5撮。3升3合6勺7撮。鹽4斗6升3合5勺。鳥「月昔」(鳥の干し肉)15斤7両2分。脯(ほじし。塩を付けた干し肉)8斤7料。東鰒(あわび)36斤9両。…

 

 

1ヵ月の東宮の食膳で使う分と思われます。
醤や未醤類がけっこうな量で支給されていますね。
引用した「東鰒」の後も、烏賊や海鼠、生や干した栗の実など当時の食材が続きます。

 

ちなみに月料に続く「年料」には備品や消耗品と思われる絹や布、生糸、手槽などが書かれています。

 

 


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