『今日のごちそう』 橋本 紡 | 小説に描かれる味噌みそ

『今日のごちそう』 橋本 紡

『今日のごちそう』 橋本 紡

 

『今日のごちそう』

 

 

小説家 橋本 紡(はしもと つむぐ 1967年〜)氏の短編小説集。
雑誌『新刊展望』2007年7月号〜2009年6月号掲載の23編を所収。

 

23のごちそうにまつわるストーリーの中に「味噌漬け」がありました。

 

材料は、味噌 200グラム、カンパチ 半身。

 

出来の良い息子からの頼みで、正吉は15歳になる孫娘 亜紀を夏休みに預かることになった。

 

妻に先立たれた正吉は一人暮らし。
歳だから心配、という息子のことばで車も手放した。
コンビニはバスで30分の隣町。
盆踊りに集まるのも30〜40人程度の寂しい集落。

 

近所のヨッちゃんにもらったカンパチの半身は味噌に漬けて保存しておいた。

 

「あ、おいしい」
身を口に入れた途端、亜紀は声を上げた。
「味噌に漬けると、保存できるんだね」
「一週間くらいならな」
「そのまま焼くよりおいしいよ。身も艶々してきれいだし」 

 

正吉は何も聞かされていないが、亜紀を預かるときの息子の電話で察していた。

 

「お祖父ちゃん、時間をかけると、おいしくなるのかな」
すがるような視線だった。
考えてから、正吉は答えた。
「まあ、たいていはな」

 

刺身より味噌漬けのほうがおいしいと孫娘は言う。

 

時間をかけておいしくなる。

 

カンパチの味噌漬けは1週間くらいで食べごろですが、息子夫婦の関係や亜紀の気持ちは、少なくとも豆味噌の熟成くらい時間がかかるかもしれません。

 

生きの良いカンパチの残りは凍らせるよりも味噌漬け。

 

ついつい冷凍保存、それも急速冷凍と考えがちですが、時間をかけて違う形でおいしく保存する知恵も現代人は忘れてしまっているのかもしれません。

 


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