『時にはうどんのように』 椎名誠 | 随筆の中の味噌みそ

『時にはうどんのように』 椎名誠

『時にはうどんのように』 椎名誠

 

『時にはうどんのように』 「椎名誠 旅する文学館」シリーズ

 

 

作家の椎名 誠(1944年〜)氏のエッセイ集。「新宿赤マント」シリーズ第六弾。
『週刊文春』1994年9月29日号〜1995年7月13日号の連載の単行本化。

 

連載222回を記念して数字2にまつわるハナシに始まり、思わず吹き出してしまう軽妙な筆致で綴った39本が収められています。

 

北のヨレザレ話

 

北海道のカクレ家へむけて東京を脱出した時のハナシ。

 

いつも行く魚屋さんに行ったら、シャコとソイの刺身が今うまいという。「ソイデスカ」と言いつつさらに小さなホタテガイを一皿追加。これでダシを取った味噌汁がうまいのである。シャコとソイの刺身も絶品であった。生きのいい魚が手に入る町というのは贅沢である。

 

原稿用紙を片手に千歳でレンタカーを借り、小樽から小一時間カクレ家へ向かう。
カクレ家では新年号用の短編小説2編を書くプランがあったが、飛行機の中で読み始めた本が面白くてビール片手に読み続け、早くもプランはぐしゃぐしゃに。

 

調理の場面は書かれていませんが、椎名的料理エッセイ(という表現でいいのか)を書かれている著者。ささっと(もしくはざっくりと?)味噌汁をつくり、刺身とビールでいい気分になった姿が想像できます。

 

酔眼名古屋談議

 

常に締め切りに追われる椎名氏。こういう週刊誌のコラムはどこででも書く。
銀座でのサイン会の後、すぐにのぞみに乗って名古屋へ。駅近くの名古屋名物味噌煮込みうどんの店 山本屋へ。名古屋コーチン入りのうどんの値段に驚きつつも。

 

このうどんをオカズにしてゴハンを食べるのが名古屋式。これがいやはや実存主義的な濃厚味と秩父困民党的こりこり歯ごたえでうまいのなんの。濃い赤味噌の汁の奥にどろりと見え隠れする半煮え玉子と、青々としたネギが個性的脇役を見事に果たしていて、ついつい写真を撮りたくなってしまった。

 

 

名古屋名物は個性的、と言いながら味噌カツ、小倉トースト、ういろう、エビフライ、天むす。ホンネむきだしの名古屋人は京都と違ってセオリーを無視してトーストにアズキをのせ、おにぎりに天ぷらをもぐりこませる。それでうまいんだからそれでいいのだ。

 

翌日帰りがけに再び味噌煮込みうどんの店へ。

 

…今度は行者ニンニクのかしわ肉つつみ入り二千円というのにした。(中略)つまみサービスに行者ニンニクと味噌の組み合せとカマボコが出てきて、こういうところもエライ。忙しい店だからひっきりなしに客がやってきて、てきぱき動き回るお姉さんの顔がまことにウツクシイ。
 木村晋介はこの行者ニンニクを味噌で食べるのがいたく気に入ったようで、男の店員に「これおかわりもらえますか」と聞いたが、それはできませんというまたしても市役所窓口的回答であった。日本というのはこういうところが杓子定規でつまらない。

 

山本屋の称賛があるものの、総じて名古屋人の実存主義的な味覚礼讃。

 

「またしても市役所窓口的回答」の「またしても」は、入浴後ドライヤーを借りるのにフロントまで取りに来いと言われた高級(そうな)リゾートホテルの例や、スキー道具を借りるのに無表情でマニュアル的な応対をする係りのお姉さんの例が前掲のエッセイにあるからです。

 

うどんで二千円もとるのにサービスのおかわりはダメという。
客に喜んでもらおうと知恵を働かすサービスがまだまだ日本には足りない、と嘆いています。1995年(平成7年)前後のハナシです。

 

外国人へ「おもてなし」を売りに観光立国をめざす今の日本では、少し違ってきているでしょうか。日本人と外国人の客では、もしかして対応が変わるのか?
最近では逆にサービスに漬け込んだ客のモラルも問われたり。

 

サービスはともかく、椎名氏は名古屋の味覚がうれしいようです。

 


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