府中・広島みそ
府中・広島みその歴史

備後国府の地、府中市は中国山地の豊かな自然に恵まれており、芦田川流域の金丸米*、深津**の食塩、良質な水、温暖な気候により、家内製造ではありましたが400年ものみそ製造の歴史があります。
*金丸米…現在の広島県福山市新市町に大字金丸という地名が残っている。
**深津…備後国府の外港として栄えた深津湾岸。
1616年(元和2年)府中の豪商、木綿屋の当主 大戸久三郎が商品として企業販売ルートにのせた最初であったといわれています。
府中は山陽道から出雲道への要衡の地で、諸国人の出入りが多く、それらの旅人がみそをみやげとして郷里に持ち帰ったことと、地場産業の業者が取引先へ進物として用いて
府中みその名が知れ渡ったとされています。
また何より大きかったのは豪商 大戸久三郎から白みそを献上された
福山藩主 水野公が、その絶妙な味を賞し、参勤交代の道中である山陽道、東海道といった道筋の諸藩大名に白みそを贈呈したことから、諸大名をはじめ全国に「府中にみそあり」と名声を得たのでした。
≪府中・広島みそ
みそを使った府中広島の郷土料理 ご当地料理
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