御膳みそ
御膳みその歴史

現在の徳島県にあたる地域では平安時代以前から大豆が栽培され、撫養(むや)*では製塩も行われていました。そのため古くからみそづくりが行われていたと考えられています。
*現在の鳴門市撫養町にあたる。
1585年(天正13年)豊臣秀吉により四国国分(くにわけ)が行われた際、阿波国の領主となった
蜂須賀家政(蜂須賀小六の嫡男)の御膳にみそが供され、家政も勤倹節約のために みそ食を勧めたことから
御膳みその名が生まれたといいます。

大坂の役(1614〜15年)で家政が徳川方の東軍についたことで、その後淡路一国を与えられ、阿波国(徳島県)、淡路国(兵庫県淡路島)の2国を領有する徳島藩主となりました。
吉野川流域では藍の生産が盛んで、藩主 蜂須賀家政が阿波藍(藍染め)の保護・奨励政策をとったことで原料となるタデ藍の栽培が盛んになるとともに、間作として阿波目 白大豆が栽培され、みその原料となる良質な大豆が得られるようになりました。

同時期には近畿地方に御膳みそが出荷されましたが、その用途はみそ汁よりもおかずとしての生みそが好まれたそうです。
≪御膳みそ
みそを使った徳島県の郷土料理 ご当地料理
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