『延喜式』は、平安時代中期に編纂された律令の施行細則で、ほぼ完全に残っているので当時の中央政府の組織を知る貴重な史料です。
史料
『延喜式』でも、大膳職、主醤という役職について抜粋しましたが、宮中の各役所にそれぞれお祀りした御神名も記録されています。
大膳職には御食津(ミケツノ)神社、火雷(ホノイカヅチノ)神社、
高倍(タカベノ)神社の三座祀られていることが記されていて、さらに醤院にお祀りされている御神名
高部神もありました。 御神名が書かれている『延喜式』の二つの職は
こちら。
高倍神、高部神。どちらもタカベノカミです。
『延喜式』の編まれ方が「神祇」に始まり、現代よりはるかに目に見えない存在を重んじた時代です。よりよい醤が製造できることを願って、神様に御加護いただいていました。
高部神・高倍神は今、どこへ?
御祭神は、現在、どちらでお祀りされているのでしょうか。明治維新で御所が江戸に移った際に、
『延喜式』に書かれているまま宮中三殿にお祀りされているのとは別に、一般人が御祈願できる形はないか探してみました。
千葉県南房総市(旧千倉町)に
高家(たかべ)神社がありました。御祭神は
磐鹿六鴈(いわかむつかり)、天照皇大神、稲荷大神の三神。
現在は日本で唯一の料理の祖神として信仰を集めていて、毎年10月と11月に包丁式が執り行われ、式包丁と真魚箸(まなばし)のみで手を使わず魚を捌く四條流の包丁使いが披露されます。
調理関係者のほか、味噌醤油の醸造メーカーからも信仰を集めており、地元千葉の大手醤油メーカーの工場敷地内にもお祀りされています。
御祭神の 磐鹿六鴈 とは
御祭神の磐鹿六鴈は第8代孝元天皇の皇子 大彦命(おおひこのみこと)の孫で日本書紀に登場します。 日本書紀の磐鹿六鴈命の段は
こちら。
磐鹿六鴈を祖とする高橋氏は膳(かしわで)氏とも呼ばれ、代々、内膳司を努めた古代氏族です。高橋氏は同僚の安曇氏と勢力争いをした時に、家系の正統性を
『高橋氏文』にまとめ献上しています。
『高橋氏文』によると、磐鹿六鴈を縁にして、上総国の安房大神(安房神社 / 千葉県館山市)に大膳職で祀られていた御食津神(文中では御食都神と表記)を奉斎したとあります。 『高橋氏文』の記載は
こちら。