「詠酢醤蒜鯛水葱歌」 長忌寸意吉麻呂
『万葉集』 三八二九
詠酢醤蒜鯛水葱歌
醤酢尓 蒜都伎合而 鯛願 吾尓勿所見 水葱乃煮物
長忌寸意吉麻呂
『萬葉集釋注 八』『萬葉集釋注 原文篇』伊藤博(集英社)より
万葉集の原文は時代が7世紀後半〜8世紀後半にかけて編まれたこともあって漢語です。
〔読み下し文〕
酢、醤、蒜、鯛、水葱を詠む歌
醤酢(ひしほす)に、蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて、鯛(たい)願ふ、我れにな見えそ、水葱(なぎ)の羹(あつもの)
長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)
〔おおよその意味〕
歌の意味は「ネギを薬味にした酢みそをつけて鯛を食べたいなぁ、と願っている私に見せてくれるな、ミズアオイの吸い物なんて。
醤…ひしお。後世のもろみの類で、当時の高級食材。
酢…上代の高価な調味料の一つ。当時、米価の約三倍した。
蒜(ひる)…野蒜(のびる)やニンニクのことで、鱗茎を食するネギ類のこと。
水葱(なぎ)…水葵(みずあおい)や小菜葱(こなぎ)の別名で水田の畔や湖沼に自生する。
葉を食用としたが、非常に安価な野菜とされ江戸時代頃までは食用にされていた。
羹(あつもの)…熱い汁。吸い物のこと。
長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)は、長意吉麻呂、長奥麻呂とも書かれる持統・文武朝の歌人。生没年不詳。柿本人麻呂と同時代ですが人麻呂より後輩だったようです。
万葉集に14首残していて、そのうち6首が天皇の御幸に応えるなど旅の歌、8首が宴席での歌となっており、この歌も宴席での歌です。
鯛に酢みそ(醤と酢に蒜を搗き砕いて混ぜたもの)をつけて食べたい。
鯛は当時から贅沢なものでした。調味料として醤と酢はすでに素材をおいしく食べる調味料として使われていたことがわかります。
安い素材のみずあおいの吸い物にがっかりする歌を詠むのは、料理への不満を詠んでいるわけではなく、吸い物が宴の最後のほうのメニューだったからか。鯛を食べたいと思っているのに次の料理が吸い物だとは。宴席が終わりに近づいているのを残念がっているようにも読めます。