『ぶぶ漬け伝説の謎』 北森 鴻 | 小説に描かれる味噌みそ

『ぶぶ漬け伝説の謎』 北森 鴻

『ぶぶ漬け伝説の謎』 北森 鴻

 

『ぶぶ漬け伝説の謎―裏(マイナー)京都ミステリー』 (光文社文庫)

 

 

推理作家 北森 鴻(1961〜2010年)氏による短編集で『小説宝石』掲載の6本を掲載。

 

かつて京都を騒がせた怪盗 有馬次郎は今は京都の貧乏寺 大悲閣の寺男として働いている。
同じ寺男として居候するスチャラカ推理作家のムンちゃん、地元弱小新聞記者の折原けい、
行きつけのKons Barのマスター カズさんはかつての裏稼業仲間。この4人のドタバタに見識鋭い住職のことばの導きで次郎が事件の真実を突き止めていく。

 

主人公の有馬次郎は探偵よろしく事件を解決していくというよりも、裏稼業でならした身のこなしと眼力を使うのがメインです。

 

京都の大寒は相当に厳しい大寒地獄。住職から買い出しを頼まれて夕飯はほっこり温まる山梨風の "ほうとう" にしようとなったことから「白味噌伝説の謎」は始まります。

 

ここではご住職の「味付けはやっぱ、白味噌やろね。メモに足しといてや」に絶望する次郎の心の声が切実です。

 

京都出身ではない次郎の内なる声は、出身も最期も山口県だった著者 北森氏の声を代弁しているかのようです。

 

 …京都以外の出身者の多くが戸惑うのが「白味噌」だ。関東にも白味噌はあるが、それは単に色の白い黒いを示す表現に過ぎぬ。が、京都では少しだけ事情が違う。市場で売られる白味噌のパックを見ればわかることだが、原材料の表示に「水あめ」と明記されているのである。なんで味噌がこんなに甘いんだ! と絶望の突込みを入れたくなるほど、京の白味噌は甘い。白味噌仕立てのおでんも、当然ながら甘い。京都駅前にあるラーメン屋のメニューに白味噌ラーメンの記述を見たときには、瞬間的に殺意を覚えたほどだ。
(中略)
…油照りの京都、底冷えの京都、雅やかな京料理、花鳥風月、ちょっといけずな京都人、それらすべてをひっくるめて京都を愛するといっても過言ではないが、それでも白味噌だけはごめんなさい僕の舌には合いません。ことに苦手なのが白味噌の雑煮。小ぶりな丸もちを焼かずに汁の中で煮る、あの甘い雑煮を初めて供されたとき、その場から逃げ出しそうになったことが、今でも鮮明に思い出される。
 というくらい苦手な白味噌を、生粋の京都人であるご住職はこよなく愛しておられる。

 

京都は出汁一つ取り上げてみても数種類の素材を使い分け、あるいはブレンドして玄妙としかいいようのない深みを作り上げているけれども、白味噌の甘さにだけは辟易してしまうのです。

 

錦市場で次郎が買おうとした白味噌に「毒入り 食べるな危険」と付箋が貼られていたことから始まるこの事件。住職のほかにも、持病でカロリー制限が必要でも白味噌雑煮には目がなくて、そのたびに体調を崩してしまう老婦人の存在があります。

 

東京下町生まれの私にはやはり想像できませんが、京都人にはやはり白味噌雑煮はじめ白味噌の味は別腹、なのですね。

 


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