『食堂つばめ』 矢崎存美 | 小説に描かれる味噌みそ

みそと小説『食堂つばめ』 矢崎存美

『食堂つばめ』 矢崎存美

 

『食堂つばめ (冷めない味噌汁)』

 

 

作家の矢崎存美(やざき ありみ)氏の短編集。
「食堂つばめ」シリーズCに「冷めない味噌汁」が入っています。

 

生と死の間の街にある「つばめ」という名の食堂では、食べたいものはなんでも料理してくれる 。ブラック企業で働き、心身を擦り減らしていた俊太郎がある朝、目覚めたときは道路の真ん中に寝ていた。

 

「どうぞお召し上がりください」
味噌汁が目の前に置かれる。具は豆腐とわかめだ。
ほかほかと湯気の立った白飯、アジの開き、だし巻き玉子、納豆、海苔、青葉のお浸し、そして味噌汁??。典型的な和食だった。
 (中略)
「いただきます」
味噌汁をすする。熱い。でもうまい。だしがきいていて、味噌の濃さも俊太郎の好みにぴったりだ。

 

俊太郎は早くに母を亡くし、高校卒業まで祖父母と暮らしていました。
生き返った俊太郎が過労で倒れて実家に戻り、朝食は父のつくる味噌汁を初めて口にします。

 

「どうした?」
父が固まっている俊太郎に気づいた。
「ああ、ううん、なんでもない……。味噌汁、うまいね」
父はしばらく黙ってご飯を食べていたが、やがておもむろに言った。
「この味噌汁……昔、お母さんが教えてくれたんだ」
(中略)
あの夢で食べた冷めない味噌汁の味を思い出そうとしても、目の前にある味噌汁の味しか浮かばない。父の味噌汁は、少し冷めかけていた。

 

食堂つばめでは、死にかけた人を何とか生きる世界に戻そうと食べたいものを食べさせます。
死の世界の住人ノエのことば
「本当に死ぬことを望んでいる人は、食べる気力もないし、なかなか食べられないんです」
「食べること=生きることですから」

 

短編5編が収められている本書は、ほかにもミルク、ピザ、梨味のガリガリ君、サバの味噌煮、豚汁、フルーツとミントのサラダなどが生き返るための食べたい料理として出てきます。

 

死んだ理由も経緯もそれぞれですが、食べること=生きること、とはっきり語るノエのことばと、俊太郎が食べる父の味噌汁が母譲りの味で夢の中(臨死体験中)で飲んだ味噌汁と同じ味だった、というのが何ともずっしりと響きました。

 


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